little notes from jiro of kikkake

essay

50,000の御礼

昨日、kikkakeのYouTubeの
チャンネル登録者数が5万人に到達しました。

あらためまして、
いつもYouTubeをご覧いただき、
またkikkakeオンラインストアをご利用いただき、
本当にありがとうございます。

YouTubeを始めてちょうど1年半。

ここまで続けてこられたのは、
観ていただいている方がいてこそなので、
本当に感謝しています。

5万人といっても、
正直あまりピンときていなかったのですが、
東京ドームがいっぱいになるくらいと考えると、
とてもすごいことなんだなと感じます。

始めた頃に冗談のように
「10万人を目指すぞ!」と言っていましたが、
もう無茶な目標ではなく、
少しずつ現実味のある目標になってきました。

これからも、料理と道具を通して、
食をより楽しむきっかけになれるよう、
変わらず動画を作り続けていきます。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
本当にありがとうございます。
 
 
50,000の御礼

観てよかった

嵐のラストコンサートを観た。

なんで観たのだろう。
同年代だからか、懐かしかったからか。

観ようかどうしようか、
10分前くらいまで悩んでいたのだけれど、
えいやで視聴ボタンを押した。

いやー、素晴らしかった。
本当に感動した。泣いてしまった。

最初はご飯を食べながら、
片づけをしながら観ていたのだけれど、
気づいたらテレビの前に座って観ていた。

どう表現すればいいのか、
一曲目からずっと、
エンドロールのような空気が流れていて、
一言で表現するなら、卒業式。
そんな不思議な感覚だった。

見たこともないけれど、
走馬灯ってこんな感じなのかな、と思った。

デビューから26年半。
続けることの凄さと、終わり方の美しさ。
5人の積み重ねてきたものが、
そのまま最後に出ていた気がした。

終わらせることは簡単だけれど、
続けることって本当に難しい。
そして、自分たちの意思で、
周りに迷惑をかけない形で終わることは、
もっと難しい。

こんなに美しい去り際、
僕はあまり知らない。

周りを大事にしていない人にはこの終わらせ方はできない。
自分を大事にしていない人にはこの終わらせ方はできない。

そんなことを考えながら
最後の画面を閉じるのが惜しくて、
しばらくそのままにしていた。
 
 
観てよかった

顔

以前勤めていた会社が主催する、
大型イベントが来週開催される。

在職時代に自分も関わっていたイベントなので、
気になっていたのと、
一緒に働いていた仲間に会いたくて、
準備中の現場に顔を出した。

そこには、僕がいた頃と変わらない現場と、
変わらない人たちがいた。

ひとしきり話して、盛り上がって、
帰り際に、自然と口から出た言葉。

「みんなの元気そうな顔が見られてよかった。」

本当にそう思って言ったのだけれど、
自分でこの言葉を言ったのは、
初めてだった気がする。

「よろしくお願いします。」みたいな、
意味を深く考えずに使う
定型文みたいな言葉だと思っていた。

でも、実際に会って顔を見て、
「あ、元気そうでよかった」
と思って、自然と出た言葉だった。

歳を重ねるにつれて、
次も同じように会えるとは限らなくなる。
体調や仕事や、いろいろな事情で、
「元気かどうか」なんて、
本当のところはわからない。

だからこそ、
会って、顔を見て、少し話す。
それだけで、安心できることがある。

連絡は取れていても、
顔を見ることって、
やっぱり大事なんだなと思った。

あの言葉は、思っている以上に、
ちゃんとした意味のある言葉だった。
 
 
顔

2回目

撮影をしていると、
一回目は何かと緊張する。

焦がしてしまったり、
具材が飛んでいったり、
調理中の失敗は普通にある。

失敗したら撮り直しになるのだけれど、
2回目以降になると、
それはそれで別の緊張がやってくる。

それが、
「同じ失敗、繰り返さないよね。」という緊張感。

誰かに言われたわけでもないのに、
自分の中から聞こえてくる声。

焦がしたときは、
「まさか、また焦がさないよね?」
盛り付けを失敗したときは、
「やり直すってことは、さっきより良くなるよね?」

失敗した部分を気にしすぎると、
別のところでまた失敗してしまうので、
気にしすぎるのもよくないのだけれど、
やっぱり気になってしまう。

実際には、
やればやるほど上手くなるので、
同じ失敗を繰り返すことはあまりない。

それでも、
2回目の方が、
ちょっとだけ緊張している気がする。
 
 
2回目

こだわり

前にも書いた気がするのだけれど、
僕は黒烏龍茶が好きだ。

好きというより、もはやライフ。
食後には必ず飲みたくなる。

特に油っぽいものや、
塩分が強めなものを食べたときは、
ほぼ確実に飲みたくなる。

食事から黒烏龍茶までが、
僕にとっての「食事」。

よく行くラーメン屋に関しては、
食後に黒烏龍茶を買う
コンビニの場所まで含めて覚えていて、

黒烏龍茶を飲むところまで含めて、
ラーメンを食べる、だと思っている。

近くに黒烏龍茶を売っているコンビニがない
ラーメン屋は、少し躊躇してしまうくらい。

だったら最初から
黒烏龍茶を買っておけばいいじゃないか、
とも思うのだけれど、
それはなんか違う。

ラーメンを食べた結果として
飲みたくなるのであって、
先に用意しておくものではない。

先に買うと、ぬるくなるし。
……そういう問題じゃない気もするけれど。

変なこだわりだとは思うけれど、
今日もラーメンのあと、
黒烏龍茶を求めてコンビニを探している。

やっと見つけて入ったコンビニに
黒烏龍茶が売ってなかったときが一番つらい。
 
 
こだわり

再現

撮影のために事前に試作をすることは多い。

どう撮ればいいかを確認するために、
調理工程や盛り付けを
撮影担当のコネギと一緒に、
あーでもないこーでもないと試していく。

試作は基本的にいいことばかり。
本番では大きな修正は難しいので、
思ったことは試作の段階で言い合うことで、
よりよいものを作れるようになる。

ただひとつだけ、試作をしたことで
かえって本番に迷いが生まれることがある。

それは、試作の出来が良すぎたとき。

試作で「これが完成形だな」と思ってしまうと、
本番ではそれに沿おうとしてしまう。
そうなると、試作を超えられない。

自分が作ったものですら、
再現しようとすると
それを超えられないのが不思議だ。

参考にしつつ、
あらためて自分らしく作ればいいのだけれど、
「昨日のあれをもう一度」
と思えば思うほど、
なんだか違うものになる。

「どう作るか」を考えて作った試作と、
「どうだったっけ」で作る本番。
それで結果が変わるのだから、
やっぱり料理は面白い。

昨日と今日で、
環境も食材も体調も違う。
同じものを作ろうとしても、
同じにはならない。

だからきっと再現しようとするよりも、
その日、その瞬間で作った方が、
いいものになるのかもしれない。
 
 
再現